モネとならぶ印象派の代表的画家です。陶器の絵付け職人でしたが、パリに出て印象派に身を投じます。ルノワールの作品から私たちが感じるのは、暖かい陽光、草いきれのする夏の野、談笑する若者たちの体温の感覚です。人物画のほか風景、静物も華麗な色彩で描いています。ルノワールの風俗的主題を扱った作品は、サロン派画家と印象派画家との間の橋渡しを果たす役割を演じる結果にもなりました。
その他ルノワール作品
世界中で現在も高い人気を誇る作家ゴッホは1853年3月30日、オランダに牧師の子として生れました。若いころから画商、語学教師、書店員、牧師、伝道師とさまざまな職業につきますがいずれも長続きせず、やがて画家を志すようになります。その後最大の理解者の弟テオの援助でパリで生活をするようになり、ロートレック、ゴーギャンらと親交を深め、印象派と浮世絵の影響を受けるようになります。しかしゴーギャンとの不和などが原因で精神の病にかかり以後入退院を繰り返し、1890年7月27日、パリ郊外オーヴェル・シュル・オワーズでピストル自殺を計り、2日後に死亡。享年37歳の若さでした。製作実働期間は10年で約2,000点を制作。うち油絵は900点。生前に売れた作品が1点のみでした。その情熱的なタッチは観る者に強烈な印象を与えます。
その他ゴッホ作品
フィレンツェ近くのヴィンチ村に生まれたので、ダ・ヴィンチと呼ばれるようになりました。私生児として生まれ、幼くして母と引き離されて寂しい環境の中で育ったレオナルドは、唯一の楽しみとして自然を観察して絵を描き始めたそうです。彼の描く絵があまりに突出していたため、父親はフィレンツェを代表する彫刻家・画家だった友人ヴェロッキオの工房に 弟子入りさせました。しかし、レオナルドはすぐに師を越えてしまい、それを悟った師は絵画から手を引いてしまったというエピソードが残っています。絵画の他にもレオナルドは彫刻家・建築家・音楽家として超一流の腕をもち、築城・土木・造兵術・解剖学・生物学に通じた科学者としても多くの実績を残しました。そして飛行機や戦車の模型を作る豊かな想像力を兼備した思想家であり、哲学者でもありました。さらに体力や運動神経も人並みはずれ、人間の背丈を助走なしで飛び越えたという彼は 大変な美貌の主でもあり、ヴァザーリはその著書の中で、まさしくダ・ヴィンチはルネサンスの理想とする万能の人(ウォーモ・ウニヴェルサーレ) として時代に熱狂されたと書かれています。ダ・ヴィンチは考えつくされた構図と穏やかな知性であらゆる方法で表現しました。そのため完成した絵画で現存するものは少ないのですが、深い知識の中で生まれた斬新な手法や人間の体を解剖学的に知り尽くした完璧な構図による作品でほかのすべての芸術を圧倒しています 。
その他ダ・ヴィンチ作品
産業革命が進む19世紀フランスでは、人々が都会を目指す一方で、農村に住んで自然を描く画家たちがいました。彼らが住んだのがパリ郊外の「バルビゾン」。特にミレーは風景画に加え、時には過酷な側面を持つ自然の中で、大地を耕し生活する貧くも純朴な人々を描きました。そしてそれらの現実的な絵画を急速に都市化が進み豊かさを増していくパリで発表し、都会の人々に衝撃を与えました。
その他ミレー作品